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「被害者意識」

『CROSS』 27×38cm/ミクストメディア
『CROSS』 27×38cm/ミクストメディア
Yutaka Michael Maria KAMEGAYA
Yutaka Michael Maria KAMEGAYA

「被害者意識」

 

 

自分だけ酷い目に遭ってると思っていないだろうか。

はたまた、酷い目に遭っている度合いが、世の中で一番大きいとか。。!?

そんな被害妄想はかなぐり捨ててしまおう!

その被害者意識が新たな被害的不都合を呼び込んでしまうのである。

 

あなたは確かに酷い目に遭っている時も、あるかもしれない。

誰かからイジメを受けていたり、明日の食事も約束されなかったり。

だがそれはずーっとではないはずだ。

神様は必ず、嫌なこと同時に良いこともお与えになっている。

いじめられない時もあれば、食べられている時もあるはずだ。

そして、今より幸せな時間が今までの人生に確かにあったはずだ。

 

結局のところ、酷い目に遭っていると思っているから、酷いことが起きるのである。

それは、悲劇の主人公になって、都合の悪いことばかり目につくよう、自分で自分を陥れているから認識がそうなるのである。

実際には、ただその現象しかあらず、同じ現象を幸せな気持ちの人が見たら、幸せなように感じるのだ。

 

たとえば、やってみたアルバイトの時給が1000円だった時、最低時給しかなく情けなく思うか、自分の身分で1000円も貰えると有り難く思うか。。。?

それだけで、もう幸不幸が別れてしまうのである。

実際には、雇用主が1000円の時間給をくれた現象しかあらず、それをどう捉えたかで、天国にも地獄にも認識が変わるだけの話なのだ。

少ないと感じた人は、もう被害者になっている。

これだけ働いて、たった1000円とは。。。!?

そうやって、お金をくれる雇用主も、あなたを社会に受け入れてくれた世の中をも、恨むのである。

実際はあなたは社会に受け容れられてお金ももらっている。

それだけで、なんと言うありがたい恵みなのだろうか。

そう言う事実をないがしろにして、給与の小ささだけで自分を被害者に感じてしまうのである。

当然、守ってくれているはずの雇用主や社会まで、加害者として敵にまわしてしまう羽目に遭うのである。

 

だがもしも、病気や事故や災害で命を落としたら、それは確かに被害だろう。

そう言う特別なことを除いて一般的な日常生活では、与えられたどんな現象でも、ありがたく思えば、それはたちまち恵みになるのである。

しかし、人類は押し並べてそうではない。

多くの人が、自分を被害者だと思い、不満とストレスのさなかで日々をつまらなく過ごしていることだと思う。

その捌け口が、お金の散財や喧嘩や暴力と化している。

そうならないためにも、同じ現象でも「恵み」と思い何にでも感謝の気持ちを持つよう、自分を変えていきたいものである。