イセタンアートギャラリー入口の様子
サイネージに作品表示
YUTAKA
森木 愛琥
平塚 哲也
ESSAY
「『絵伝幻想絵画展』、新潟伊勢丹にて開催」
待ちに待った新潟伊勢丹展示『絵伝(エデン)幻想絵画展』が本日スタートしました。
1年前から準備を開始し、ようやくこの日を迎えました。
私:YUTAKAは妻:森木愛琥と、友人:平塚哲也と共に3人で展示する運びとなりました。
一昨日の朝に始発の上越新幹線で朝6時に亀ケ谷夫妻で東京を旅立ち、新潟に朝8時に着いた後に午前10時半から展示会場で飾りつけを開始し、凡そ4時間かけて展示を完成させました。
さて、今日はめでたく始まったものの体調が優れず、会場当番は主に妻:愛琥に任せました。
ここ最近私は、寝るはずの時間も様々な仕事をし過ぎてほとんど睡眠を取れておらず、一昨日の飾りつけ後の夜も、SNS投稿やホームページの更新などをした為に2時間しか寝ていませんでした。
実は展示が始まる前の朝、妻:愛琥と宿泊しているホテル周辺の散歩に行ってカメラ撮影遊びなどをして気分転換をしましたが、その時に足首が突然外れたかのように足首の関節が痛くなってしまいました。
別に捻った訳でもぶつけた訳でもなく、普通に歩いていただけでいきなりそうなり、激痛が襲ってきて暫く歩けなくなりました。
また同時に、私は疲労が極まると決まって肋間神経痛になり、左脇腹の肋間神経が痛くなりやすいのですが、まだ疲れてもいないのに、その痛みが激しく襲って来たのです。
不意に2つの激痛が体を襲い、もうあと1時間もすれば展示が始まってしまうのに、非常に焦りました。
それもこれも全ては、日々の睡眠不足を続けての過労から来ているのだと、私は瞬時に悟りました。
それでも、新潟伊勢丹展示会場「イセタンアートギャラリー」にちゃんと行きまして、妻:愛琥と2人でギャラリーで接客を始めましたが痛みで調子が出ずに、途中から愛琥1人に会場当番を任せ、私は一度会場を離れて外で休みました。
昼12時になると私は会場に戻り、妻:愛琥を連れて食事休憩に出ました。
外のオシャレな店で愛琥と玄米ご飯を使ったカレーランチを食べたのですが、実はその時から、今度は喉が激しく痛くなりました。
「こりゃあ、ついにヤバイぞ・・・」
立て続けの身体のエラーに少し命を失う危険性も感じましたので、私はもう今日はホテルに帰って寝て休むことを決め、妻にギャラリー当番を任せたのです。
私の心の性質は、決めたら何としてでも頑張ってやり遂げることですが、この性格のために、敢えてハードスケジュールを組んで身体の健康を犠牲に仕事をしてきました。
でも、そのお陰でもうこんなに身体中が痛いようでは、この先すぐに死んでしまいます。
そう悟りましたので、今日は戦いの初日であるとは識りながら、思い切って急遽ホテルに帰って寝ることを選択しました。
カレー屋を出ると妻:愛琥とそこで別れ、帰り道のドラッグストアで風邪薬を買ってホテルに帰り、その後はその薬を飲んで夕方まで3時間ほどしっかり睡眠を摂りました。
実は、今日は友人作家である「霧筆 畏無(きりふで いむ)」さんが、イセタンアートギャラリーに自身の売り込み営業を兼ねて来客しましたが、残念ですが私はお会いすることは叶いませんでした。
まあ、こうして新潟伊勢丹展示の初日は妻:愛琥が主に会場で営業を頑張ってくれて、私は無様な様子を晒してしまった訳です。
新潟伊勢丹が夜7時になって営業が終わると、妻:愛琥がホテルに戻りました。
私はまだ喉も含めて身体の痛みが取れておらず、気分は落ち込んでいましたが、「当番、お疲れ様!」と彼女にまずは明るく感謝の気持ちを顕して、彼女を労う(ねぎらう)ために内装の綺麗なラーメン屋をウェブ検索して、「風伯」というラーメン店に夫婦で赴き、美味しいラーメンディナーを楽しみました。
私は「豚しおラーメン大盛りにライス」、愛琥は「醤油魚介ラーメンに野菜餃子5個」を食べて、夫婦共々満足できた次第です。
こうして、「YUTAKAと愛琥」の亀ケ谷夫妻の彼の地「新潟」でのリアルな展示販売のための戦いは、私:YUTAKAのハプニングを抱えて初日をスタートさせたのでした。
【俳句】
・秋変わる 彼の地新潟 展覧会
・秋めいて 夫婦新潟 駆け抜けた
・食の秋 ラーメンライス 掻き込みて
・秋涼や 屋上散歩 妻遊ぶ
・アートする 遊び心や 秋の美に