· 

「不満なら動け!」

新作超大作「聖母の夜明け」F200号

制作スタート!!!

新作の超大作「聖母の夜明け」F200

制作スタート!!

木炭で下描きです。

なんと今回は抽象に、具象が混ざっています!!!

私の初の試みです。

描き初めは画像3枚目にある少し体幹の太い聖母マリアでしたが、1.2枚目のわりとスリムな聖母マリアに決まり落ち着きました。

顔も描き直し、かなり美人さんで可愛く描けたと思います。

 

このマリアに決まりました。制作1日目下描き。
このマリアに決まりました。制作1日目下描き。
この顔の聖母マリアに落ち着きました
この顔の聖母マリアに落ち着きました
最初描き始めはこのマリアでした
最初描き始めはこのマリアでした

「不満なら動け!」

 

 

非常に残念なことだが、いつも「辛い、辛い。」と言葉を唱えている人が、世の中には沢山いる。

何かにつけて「苦しい。」だとか「痛い。」だとか病気の話を持ち出したり、「暑い。」だとか「寒い。」だとかお天候に文句を言ったり、聞きたくない不満の言葉ばかりを発している。

彼らは、自分だけが何かの被害者だと思っていないだろうか?

そう思うと、残念で堪らない。

それは、何かイベントやアクシデントが起こる度に、彼らは常に被害者意識でいるからである。

 

じゃあ、何さ。

「あなたたちが主体で、人に迷惑をかけることはないんですか?」

そう言ってやりたい。

 

私は不満だらけを口にするこういう種類の人々が、さまざまな場所で人に迷惑をかけているのを、そこかしらで見ている。

電車の中や街中や公園などの公共の場で集まっては大騒ぎしたり、スーパーマーケットで店員に喧嘩をふっかけていたり、駅の窓口の係員にも切符代が払えないと八つ当たりしていたり。

これらは、迷惑じゃなくてなんなのだろうか?

「烏合の衆」という言葉は彼らのためにあるように思えてならない。

 

人間というものは生きている限り、必ず誰かしらのお世話になっていて、その誰かのおかげで生きていけるのである。

そう言う当たり前の感謝を抜きに、辛い現象ばかりを唱えている。

私から見たら、それは恩人達への罰当たりな行為だ。

今の健康や社会的境遇がたとえ満足いかなくても、「今生きているそのこと」に感謝しなくちゃいけないはずである。

そういう有り難さに微塵も感謝しないのだから。

結局、不満ばかり言っているのは、恩人ばかりか、命を与えてくださった神様への背徳行為だと思う。

 

だから、不満があったら、自ら自分を変えなくてはいけない。

不満というものは誰にでもある。

前向きな人にでも不満はある。

ただ、前向きな人が不満を抱いても、不満を抱く自らを変えて解消するところが違うのだ。

 

辛かったり、苦しかったり、痛かったり。

暑かったり、寒かったり。

そういう不満があるのなら、自らの意識を変えて何か行動することで、環境や身体そのものを変える努力をましょう!

不満なら動きましょう!