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「普通と違うということ:アーティストを例にして」

芸術家:YUTAKA

YUTAKAポートレート
YUTAKAポートレート

「普通と違うということ:アーティストを例にして」

 

 

普通と違うことをするのは、楽しいです。

アブノーマルってやつですね。

マンネリ化した生活に、変わった行動でアクセントを入れるのは、人生がイキイキします。

でも、それが日常だと結構大変です。

アーティストの生活がそういう種類のものだと思います。

 

アーティストのように、アブノーマルが常日頃である生活は、ハードそのものです。

いつでも、普通の基準から外れてなきゃならない。

自分の基準が普通であって、世間の基準は考えない。

そうやって生きることは、自分のポリシーでかっこいいですが、維持するのはかなりの難しさかもしれません。

 

何にせよ、生きるためには、生活するためには「ゼニ=金銭」が要ります。

アーティストはいつでもゼニが足りないのです。

作品制作は金がたくさんかかりますが、作品販売による収入などたかが知れているからです。

だからほとんどのアーティストは副業に勤しみますし、それは世間の物差しで働いているのです。

だから、副業の労働時間は世の中に合わせ、自分の時間になるや自分の物差しに合わせるという、二重生活を送ります。

そこでアーティストにとって危険なのは、もう疲れたからと言って、世間の物差しの中にどっぷり浸ってしまうしまうことです。

だって、世間様に合わせて労働した方がはるかに収入が良くて、一般的な良い生活が送れますから。

 

私たちアーティストのように、アブノーマルが基準の人生とは、戦いです。

世間との戦いでもあるし、自分自身の意思との戦いでもあります。

それは貧乏とも戦わなきゃいけない。

ほとんどのアーティストは、貧しさに忍耐できずに、一般人へと還ります。

自分のポリシーを貧乏の中で戦い残った者しか、アーティストにはなれません。

 

まあ、普通と言われる生活はつまらないけど、お金がある分お金によって守られています。

それに比べて、普通でないアーティストの生活は楽しいですが、お金がない分、裸一貫で作品を作って歴史に残し、それによって財産を作る戦いをしなくてはいけなせん。

 

アブノーマルは楽しくてカッコ良いですが、経済的な貧しさに耐える忍耐が要り、お金で生活が守られていない分、危険だらけなのです。

まあ、「明日が最後だ」と、今日一日を、必死で一生懸命生きるよりほかないですね。

みんな、本当のアーティストは、そのように背水の陣で生きています。

普通と違うのは、そういう苦労があるのです。